「あなたは愛する人を救えますか」 |
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史 |
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Vol.9:心肺蘇生法は「お互いの命を守る社会づ くり」
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1998年ワールドカップのアジア予選で、日本の出場権をかけた日本対イラン戦は、日本人が熱狂した試合であった。
この試合の中で、村田選手が倒れている姿を見た日本選手がとっさにサイドラインに意図的にけり出すシーンがあった。一点を争う試合展開の中で、相手方イラン選手のフリースローもまた,味方選手側でなく、やはり意図的に日本側バックライン方向に投げ,ゴールキーパの川口選手のボールとなった。緊迫した試合の中でも、瞬時に状況判断できた選手がいる日本サッカーは正真正銘の国際レベルに達しており、同時に平然と当たり前のように行われたプレーの中に彼らの「選手の安全(命)が勝負より勝る」というスポーツマンシップを感じとった。
私が心肺蘇生法の普及啓発を行うきっかけとなったバレーボール試合中に倒れたハイマン選手の事件のように、試合が中断されることなく、ただ担架で試合会場から運び出される光景がよみがえった。
一人の心臓病の生徒の命を守るために、学校全体が立ち上がった中学校がある。入学した一年生が心臓発作で倒れ、この時はじめて突然死の恐れのあるQT延長症候群と判明した。この中学一年生がはじめて知った死の恐怖に対して家族も学校もどの様な心のケアをしたらいいか、また心臓発作が起こったらどの様に対処したらよいか確信が見いだせずにいた。
この相談を受けた私の答が、一人の生徒の命を 守る学校の体制つくりであった。まず、親を含めて45名全職員が心肺蘇生法を徹底的に修得することから始めた。次に同じクラス(一年D組)の同級生全員が訓練を受け、やがて一年生全員が訓練を受けた。これ以後、毎年、一年生を対象に心肺蘇生法の実技講習を行い、人形20体を使い、いつもアシスタントには一年組40人が2人ペアで一体を担当し一年生を教えた。今年も5月に講習会に行くが、心臓病の生徒は、この3月に無事卒業した。「一人の生徒の命を守ることが、自分の命が守られていることになる」というすばらしい実践教育ができたと思っている。
わたしが全校生徒の前で、3年間訴え続けてきたことは、試験をすれば、一番から100番まで順位がつく。かけっこをすれば一番から順位がつく。だが、人間に平等に与えられているもの,それは“命と勇気”である.心の中にある勇気を常に出せる人,それがこの世で一番すばらしい人間である。目の前で倒れた人の命を救うために大声で助けを呼べる人はすばらしい人である。
「あなたは愛する人を救えますか」を訴えて活動している私の心肺蘇生法普及運動は,「他人の命を守ることが,自分の命を守ることになる」という誰にでもわかる最後の、また最良の手段と考えたからである.これは「基本的人権は人間に平等に与えられた権利であるが,これを守る義務も課せられている」ことを学ぶまさに民主主義の啓発運動なのである.
ある中学校の講演会では,生徒に「今,目の前の交差点に目の不自由な人が立ち止まりました」,「あなたならどうする」と,生徒の中に分けいって一人一人に問いかけをする.「その人が無事に渡れるかそっと見守ってあげる」と答えた生徒はごく僅かである.でも,「知らない」と答えた生徒も,「これも君の意見だ」と皆の前で認めた私の言葉が嬉しかったと講演の感想作文に書いてくれた.
今,われわれが努力すべきことは,「自分ならどうするか」を常に考え,実行する勇気を持った人間を育てる教育環境づくりである.今後の成熟社会とは,「お互いの命を守る社会づくり」を目指して,それぞれが自分の立場の中で何が出来るかを考える対等社会であり,そして社会との関わりの中で「個を主張する」努力こそが生きがいと思う.
続く
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Copyright(c) Tsuyoshi Kawamura, M.D. |