Doctor’s Attention 平成17年5月25日 
インタビュー記事<診療所トップに聞く>

河村剛史さん
河村循環器病クリニック院長
健康スポーツ関連施設連絡協議会会長
兵庫県医師会健康スポーツ医学委員会委員長


  生活習慣病の薬の投与は、食事・運動で治す「執行猶予」期間を与えただけ。適切な運動・食生活で、根本的に治す啓発・指導・対話が必要。
  1人1人に合ったプログラム作成にはITの最大限活用が必要。

  兵庫県心肺蘇生法県民運動「あなたは愛する人を救えますか」、自動体外式除細動器(AED)普及運動「まず、AED」、脊椎ストレッチウォーキング普及運動「長寿の道は、自立自尊」を通して生活習慣病、特に心臓突然死の予防の重要性を訴えてこられた、河村剛史先生が、これまでの経験を活かし、個人個人に応じた予防医療および医療を行う、クリニックをこの5月7日にオープンされました。
  その設立の動機、抱負などをうかがいました。



  中高年のスポーツは健康の手段、自分の健康状態の改善に適した運動を知り、プログラムをつくり、走ってはいけない人は走らないようにしなければならない。
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―「河村循環器病クリニック」の方針を

河村 これまでの診療所は、「あなたはこういう病気ですよ。この薬を飲みなさい」という診療が基本でした。感染症が主な病気の時代には効果的であったかもしれませんが、生活習慣病の時代にはそれでは不十分です。
  生活習慣病の薬は安全策としての投与であり、薬を投与したのは食事や運動で根本的に治す「執行猶予」の時間をあげただけです。「執行猶予の間に、運動や食生活の改善などで生活習慣病のリスクをへらしなさい。がんばって薬をのまなくてもいい状態にしなさい」と啓発・指導・対話しなければなりません。
  私はこう言う指導を、兵庫県の県民運動、啓発運動としてここ10年以上にわたって続けてきました。兵庫県をはじめ多くの自治体,医療関連団体の支援を受けて大きな運動に広がりましたが、これを個々の人に応じて指導して行こうと、これまでの経験とノウハウのすべてを取り入れてオープンしたのが「河村循環器病クリニック」です。

― 具体的な治療、設備などをしょうかいしていただけますか。
 
河村 
大きな柱が5つあります。
  まず第1に、患者さんに「あなたはどれだけ健康で、どういう運動をどれだけすればあなたの生活習慣病を、薬を飲まなくてもいい状態にすることができるか」ということを診断することです。
  病気の人を病気と診断して薬だけを処方するのは簡単です。しかし、生活習慣病の時代の診療は、健康そうに見えている人をいろいろな所見や危険因子を評価して、たとえばマラソンを定期的に楽しんでいる人であれば、「あなたは健康です。このままマラソンを続けていいですよ」「この点に注意してこういうやり方でマラソンをしなさい」「あなたにはマラソンは危険です。こういう運動をされては」と、言ってあげることなのです。

― 最近はマラソンに参加する人が増えましたね。

河村
 それはいいことですが、マラソンをしている人が「マラソンをやっているから健康だ」「マラソンをやれるから健康だ」「風邪をひいていても走ったら治るからマラソンはすばらしい」と勝手に思い込んでおられます。まったく考え方が間違っています。考えなければならないことは「マラソン中に安全に走れているかどうか」、さらにその前に「あなたの健康にマラソンがいい運動なのか」どうかを知ることです。

― マラソンの途中や直後に亡くなっている人がよくおられますが。

河村
 つい最近でも福知山マラソンで、アマチュアの方が午前2時に仕事を終えて徹夜で福知山に行ってマラソンに参加し亡くなっておられます。
  中高年の方にとってスポーツは健康の手段であって、健康だからと勝手に思い込んでするのではありません。自分の健康状態を知り、それを改善するにはどういう運動がひつようなのかを知り、プログラムをつくり、走ってはいけない人は走らないようにしなければなりません。
 プロのマラソン選手の高橋尚子さんは万全な体調づくりで優勝する試合しか走りませんし、体調が悪い時には走りません。アマチュアの方もそれを真似ればいいのです。

― そういうプログラムは簡単にできるものなのですか。

河村
 個人個人の健康状態に合った種目・やりかた、またリスクを予測するのにもっとも効果的な検査方法は「運動負荷試験」です。この診療所には「運動負荷試験装置」が4台あります。開業医でも病院でも4台も置いている所はないでしょう。そのほか「血圧脈波検査装置」「自律神経判定装置」など、一人一人に応じた的確なプログラムを作る最新装置を備え、その動画データなどを電子カルテから直ちに参照できるようにIT環境を整備し、治療メニューが直ちに作成できるシステムを確立しています。

  第2の柱は、マグネシウムを日常的に摂ることです。安静時狭心症の中に冠動脈の攣縮で起こる、「異型狭心症」があります。これにはカルシウム拮抗薬が特効薬で、「自然のカルシウム拮抗薬」はマグネシウムです。しかし欧米など諸外国と違って日本の水は軟水で、ほとんどミネラルを含まずマグネシウムも含まれていません。昔から日本人は海藻、植物の種、穀類から「自然のカルシウム拮抗薬」のマグネシウムを摂って来ましたが、欧米風の食生活で肉の摂取が多く、慢性的にマグネシウム不足が想定されています。そこで私はマグネシウムを含んだ水を摂ることを勧めています。マグネシウムは海水の「にがり」の成分で、当然「海洋深層水」にも含まれています。生活習慣病の改善には運動が非常に効果的ですが、その運動中に飲むもの、必ずマグネシウムを含んだものが必要なのです。


  「檀家ホスピタル」(「病歴家系図」)で自分のかかりやすい生活習慣病を知り的確な予防・治療を


  第3に、「檀家ホスピタル」という考え方です。

― なんですか、その「檀家ホスピタル」というのは。

河村
 生活習慣病の原因の3分の1は遺伝、言い替えれば「家族環境」です。残りの3分の2が「社会環境」「個人環境」です。
  たとえば私の家族歴を見て「私がどんな病気で死ぬか」と調べると、脳梗塞、脳出血の可能性がかなり高いということが分かります。母方の祖父は胃がんで亡くなり、糖尿病でなくなった先祖もいます。しかし、圧倒的に脳血管障害で死んでいます。私が注意しなければならない生活習慣病は脳血管障害なのです。こういった家族歴をしっかり考慮して生活することが大切です。
  お寺には「檀家」というシステムがあり、先祖の家系図が作られていますが、生活習慣病の予防には、自分の祖先の「病歴家系図」が何より大切です。これを私は「檀家ホスピタル」と名づけています。
  先祖たちが何で亡くなったかをしっかり克明に残しておくことによって、自分がかかりやすい病気を予測して予防するのです。自分の代を入れて3代までで十分で、曾おじいさん、曾ばあさんにまで遡る必要はありません。

― 残りの「個人環境」「社会環境」というのはどういうことですか。

河村
 私自身の「檀家ホスピタル」でみると、私の母の兄弟でひどい糖尿病で亡くなった人がいます。なぜこの人だけがひどい糖尿病になったかと調べてみますと、この人は養子に行って、行った先に実子がなく非常にお金持なので贅沢に可愛がられて、ひどい糖尿病になったことがわかりました。ほかの兄弟はそんな生活はしていないので誰も糖尿病になっていません。このように、生活習慣病の原因がその個人の特別な事情に帰せられることもあります。これが「個人環境」です。
  「社会環境」というのは、昔はどこに行くにも歩いていましたが、今はちょっと外出するに自動車です。そういうことがリスクファクターになって生活習慣病にかかりやすくなっています。これが「社会環境」です。個人でも歩くことを心がけている人と、ちょっと出かけるにも自動車に乗っている人では大きな差がでてきます。


  生活習慣病治療の目標は、死ぬまで2本足で好きなところへ行けるように鍛え、寝たきりにならない。
  最後の死ぬ瞬間にも立ち上がることができる筋力があるようにすること。



  第4の柱は、ネットワークです。
  院内にイントラネットを構築して「高速」「高信頼性」「万全のセキュリティ」のネットワークを作り、まず「ドクターソフト」などのソフトを入れて、そこへ電子カルテやレセコンなどを入れて、病院並みのITネットワークを構築しました。電子カルテからは、「運動負荷装置」「超音波画像診断装置」「血圧脈波検査装置」「自律神経判定装置」などの動画を含むすべてのデータをすぐに参照することができます。
  そのほかホームページを3つ、電源は3Pの電源を50個、LANケーブルを400m天井内に配線するなど、IT環境は最新の設備を備えています。
  これまでの診療所では電子カルテ、レセコンなどのソフトを入れるだけでIT化と称していましたが、これからは病院並みのIT化が必要です。生活習慣病の個々人に応じた治療・予防・指導はITの力を借りないととてもできないのです。
  第5の柱は、自律神経系の「ゆらぎ」を検査・診療に取り入れることです。交感神経と副交感神経の働きで、心拍数などは微妙に変わります。ストレス社会では、神経系の評価を考慮に入れないでは的確な検査も診断もできません。「自律神経判定装置」が活躍します。

― これからの時代は、それだけの設備と配慮がなければ、患者に信頼される診療所になりえないのですね。

河村
 そうです。生活習慣病の時代には、すべての人がまず「家族環境」を知り、それを元に自分の日頃の行き方、運動の仕方などを確立しなければなりません。その目標は,死ぬまで2歩足で立って好きなところへどこでも行けるように鍛え、寝たきりにならないようにすること、最後の死ぬ瞬間にも立ち上がることができる筋力があるようにすることです。私達医師の役割はそれを啓発し指導し、また自分で治す動機を提供することです。そのためには種々の検査装置、それを一体化するITが欠かせないのです。

― 最近は生活習慣病の健康食品が盛んに出ていますが。

河村
 健康食品もそれだけ摂って運動などで根本的に治そうとしなければ薬だけで治そうとするのと同じです。日常食べるものと運動で治す。好き嫌いなどでどうしても不足がちな栄養素についてだけ飲料水にマグネシウムを含んだ海洋深層水を飲むようにする程度にすべきでしょう。

― ありがとうございました。
(構成・文 大竹泰一)