医療を、数々の現場を取材してきた中村通子編集委員が考えます。

 心肺蘇生法と愛:救急の日に思う(1)


中村通子
《朝日新聞編集委員》
 1989年に朝日新聞社入社。支局勤務などを経て、97年から医療を取材しています。救急・災害医療、感染症のアウトブレイクなど「エマージェンシー」な分野が主な関心事です。
 写真は、スペインの救急隊を取材中の私です。成果はこちら。北九州市出身、趣味は乗馬。


今日、9月9日は「救急の日」です。救(9)と急(9)で9月9日。分かりやすいですね。
 各地の消防本部などで、救急の日にちなんだ催しがあると思います。

 医療者でなくてもできる救命行為が、心肺蘇生法です。突然心臓が止まった人に、心臓マッサージと人工呼吸をし、命を救う技術です。

 私は、13年前の1997年夏に、心肺蘇生法を学びました。
 「先生」は、当時兵庫県立健康センター所長だった河村剛史さん(現在は、神戸市灘区で河村循環器病クリニックを開いておられます)でした。日本での心肺蘇生法普及に尽力された「開祖」といえる方です。

 このときの取材は、13年たった今でも忘れられない、強烈に心に残るものでした。
 圧迫点の探し方や胸を押す力加減、息の吹きこみ方など、いろいろな技術にこだわる私に、河村さんはこういいました。
 「心肺蘇生法で、一番大切なことはなんだと思う?」
 そして続けて「個々の技術も大切だけど、一番大切なのは『愛』なんだよ」

 『愛』とは何か。
 要領を得ない顔の私に、河村さんは、こんな話をしてくれました。

 目の前で倒れた人を救いたい、という気持ちこそが愛。これは勇気とも言い換えられるでしょう。中学校を訪れ、生徒たちに心肺蘇生法の指導をしていたら、ある生徒が発言した。「先生、僕は手が不自由です。だから心肺蘇生はできません」
 河村さんは、こう言いました。「何を言っているんだ。君には、立派な足も、大きな声もあるだろう。手が不自由なら、足で心臓マッサージをすればいい。走って大声で誰かに助けを求めればいい。心肺蘇生法で一番大切なことは、自分に何ができるか考えることなんだ」

 兵庫県姫路市のある中学校でのエピソードも教えてもらいました。

 心臓が悪い一年生がいた。「学校で発作が起きたら、どうしよう」と心配した同級生が話し合い、一年生みんなで心肺蘇生法を学べばいいという結論を出した。この生徒たちが翌年、新入生に教えた。三年目には、心臓病の子がどこで倒れても、だれでも助けられる学校になった。

 この子たちの「愛」の大きさに感動するのは、私だけではないと思います。
 
 道路で倒れた人を見かけたとき、ためらわず近寄って「大丈夫ですか?」と声をかける勇気。これこそが、心肺蘇生法なのです。
 自分の手技に自信がなければ、大声で急を告げればいいのです。駆けつけた人の中に、技術を持つ人がきっといるでしょう。



人間としてとても大切なことを、この取材で学びました。左の漫画が、その成果です。(1997年7月3日付朝日新聞大阪本社版夕刊に掲載)

 さて、2年前の産経新聞にこんな記事が載っていました。
 「飛行機内で救命中、傍観乗客の視線と写真撮影でPTSDに」という見出しです。
 内容を要約すると「飛行機内で、心臓が突然止まった男性に、乗りあわせた女性会社員が心肺蘇生法をして、救命した。やじ馬状態の他の乗客たちに写真を撮られるなどして、治療が必要なほど深い心の傷を負った」というものです。
 記事によると、中高年の日本人男性乗客たちが「やめたら死ぬんでしょ」などといいながら携帯やビデオで撮影をし、彼女に手を貸す人はおらず、客室乗務員さえ手伝わなかったそうです。

 人工呼吸や心臓マッサージはとても体力を使います。プロの救命士や救急医でも、分刻みで交代しながら続けます。
 同じ飛行機に乗りあわせただけの見知らぬ男性を救おうと、愛と勇気で心肺蘇生に力を振りしぼっている人に、なぜそんなに冷酷な仕打ちができるのでしょうか。
 怒りを通りこして、哀しみしか感じられません。

 以前のブログ「夏の運動2」/blog/emergency/entry/xXIR6oTurh
で、Barbieindyさんが、コメントで心優しい若者のエピソードを寄せて下さいました。煮えるように暑い大阪の路上で倒れていた高齢の女性に、救急車が来るまでじっと日傘を差し掛けていた若者がいた、というお話でした。
 飛行機の乗客と、なんという違いでしょう。

 「大丈夫ですか」「手伝いましょう」「交代しましょう」。このひと言が言える人間でありたい。その勇気を持てる人であり続けたい。
 救急の日に、そんな思いを強くしています。


【ちょこっとメモ】
 心肺蘇生法の手技は、時代や普及団体によって少しずつ変わっている。
 上の本文に紹介した図は13年前なので胸の圧迫回数などが、今の「お作法」と少し違う。また、自動式除細動器(AED)がまだない時代だったので、当然、AEDについても触れていない。
 最新の心肺蘇生手技については、下記の諸団体のホームページで確認してほしい。
 地元の消防本部や日本赤十字社支部などが講習を開いているので、webで見るだけでなく、ぜひ実際に体で学んで下さい。
日本赤十字社
http://www.jrc.or.jp/study/safety/airway/index.html

総務省消防庁
http://www.fdma.go.jp/html/life/pdf/oukyu2.pdf

日本医師会
http://www.med.or.jp/99/

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