「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.17:中国人の自活に根ざした生命感

  平成12年10月9日から9日間にわたり「ひょうご県民交流の船」に参加し、中国を訪問した。今回の参加は行き帰りの船内での講演のためであった。青島に到着後、470名の参加者は5班に分れ,それぞれの目的地を訪問した。私は、四川省と湖北省にまたがる中国最大の大峡谷である三峡を3日間のクルーズで下り、途中、劉備、諸葛孔明などが活躍した三国志の旧跡があり、李白の「早に白帝城を発す」の詩 で有名な白帝城も訪問した。この雄大壮観な風景も10年後には、揚子江(長江)の宜昌(ぎしょう)に建設中である世界最大の三峡ダムの完成後に水没する運命になっている。
  現在の中国の急速な経済発展は大量のエネルギー消費をもたらし、石油の輸出国から輸入国に転じ、また自国の硫黄成分を多く含んだ石炭のエネルギー消費により硫黄ガスが大気中に放出され、酸性雨の原因になっており日本にも影響を及ぼしている。刀で切り取ったような絶壁が連なっている三峡は、ダムの建設に最適な条件を備えており、三峡ダムの完成により白帝城付近で75m、宜昌で135mの水位が上昇し、長江周辺の住民800万人が居住移転を余儀なくされ、多くの史跡が水没する。三峡ダムによる水力発電量は中国の全エネルギーの8%に相当すると言われているが、無公害エネルギーを獲得するための大きな犠牲を払っていると言える。
  観光客が感動する壮大な風景と同時に、わずかの耕地を求めて山頂付近まで耕している周辺住民の過酷な生活環境も目に入ってきた。1ヶ月の平均収入は200元(2600円)との説明を受けた。観光客が先ず戸惑うのは、船着場から観光地までの道すがらで「20元、20元」、「1000円、1000円」と品物を売りに来る物売りの多さである。中には母親に連れられた4、5歳の幼児までが「1元、1元」と扇子を持って近づいて来る。不思議なことに、呼びとめるのは主に日本人で、西洋人にはあまり声をかけないようであった。観光ガイドからは偽物が多いから「不要」と言って断わるように注意をうけていたが、船に戻ってから、「かわいそうだから買ってあげた」、「一生懸命に売りに来るので断わるのがかわいそうであった」などの会話が聞こえてきた。外国人観光客専用の豪華クルーズ船の中で、毎食の有り余る豪華な中華料理を食べている自分自身とのあまりのギャップに、今の日本人であることに感謝の念を抱くと共に身を引き締める思いがした。
 上海からの帰路の船内講演で、三峡クルーズで遭遇した多くの物売りのことを取り上げた。かれらは、どんなに貧しくても立派に生活している自活の人々である。かれらは?ものごい?ではない。かれらは、物を売って生活しているのであって、たとえ売り物の価値が二足三文であっても、買う側がお金を出して買えば立派な商売が成立する。買い手と売り手にはお金を介した商売が成立するだけで、そこには対等な人間関係があり、かわいそうだから買ったと思う?恵み?の気持ちは相手に失礼である。
  かつて高校2年生の時、父親から商売を継いでほしいとの頼みを、「僕は、10円の物に頭を下げる商売はやりたくない」「自分は医者になるのだ」とはねつけた。意外にも父親は怒りもせずに、「10円の物に頭を下げることが出来ない人間が立派な医者になれない」と言い切った.物を買ってもらい、代金を受け取り、感謝する商売人の当然の行為を蔑んでいた過去の自分を思い出した。
  中国人の自活とは、他人に頼らず、国に頼らず、徹底した自己責任に基づいており、家族、一族は強い絆で結ばれている。例えて言えば、池で子供が溺れている場面で、親が「誰か助けて」と叫べば、周りの人は「お金はいくら」と交渉してから救助にあたる。中国では、親が子供を命がけで助けることが当然で、他人に頼めばお金が要求される。中国では年間、3000人以上の死刑執行が行われており、しばしは人権問題が取り沙汰されるが、自分の命は自分で守る自己責任の中国人には、他人のことには無関心なのである。人口13億の自活の中国人に世界のいかなる場所でも生きぬく凄いパワーを感じた。

 続く

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