「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.29:長寿の道は『自立自尊』

  現在の日本人の平均寿命は80.9歳で世界一であることはよく知られているが、平均寿命から生涯における病悩期間の合計を引いた「平均健康寿命」においても74.5歳で世界一である。このことは80.9歳から74.5歳を引いた平均6.4年間は寝たきりを初めとする身体的行動障害のある生活をおくっていることを意味している。単に命を生き長らえている生命寿命ではなく生活活動が可能な健康寿命の観点から高齢社会を見直す気運が出始めている。
  2000年には介護保険制度がスタートし、いわゆる“寝たきり老人”、“老人痴呆”(認知症)を始めとする要介護者に対して公的保障がなされるようになったが、同時に社会の表舞台に登場するようになった。
  特に、“寝たきり老人”という日本特有の言葉は、あたかも高齢者を非生産者、社会的不要者とした影のイメージがある。その問題に対する社会の目は、今後増え続ける公的介護を支える財源をいかに確保するかであり、国民に対する寝たきり予防、生活習慣病予防のための具体的な国民啓発運動「健康日本21」もスタートした。
  本来、高齢社会における高齢者の果たす役割は、人生経験で得た智慧を次世代に伝える社会的活動にあり、次世代がその智慧を尊び、生かせる高齢社会こそが地球人類がめざす長寿社会なのである。
  今後の高齢社会の主役になる50歳台の団塊の世代は、長寿社会の実現にむけて、今から計画的な長寿人生の設計をすべきである。長寿者とは、人生を長く生きることを喜びと感じ、与えられた有限の命を最後まで生き抜く生命力を獲得した「今を生きている」人のことを言う。
  長寿であるためには、まず、好きな時に自由に行動できる身体的活動力を維持してなければならない。その健康づくりの基本は、正しい姿勢で歩くことである。背筋を伸ばし、膝を伸ばして、踵から地に着ける脊椎ストレッチウォーキング法は、高齢者に多く見られる腰椎障害、膝関節障害の予防になり、全身の筋肉を鍛える有酸素運動として最適である。
  元来、日本は「座る文化」と言われるのに対して、ドイツの高齢者のように「死ぬまで歩きつづける」という執念、「歩きながら考える」哲学の道など、ヨーロッパでは「歩く文化」が基本になっている。当然、寝たきり老人はいないことになる。「自立」とは、自らの力で地面に2本足で立つことと考える。
  長寿であるためのもうひとつは、この世に生まれた唯一の人としての「個の完成」である。人生の経験は、他人の存在を意識し、他人との関わりの中から「自分が何者か」を自問自答し、自分を磨き上げる好機である。この機会が多ければ多いほど他人ではない自分を知り、その経験が智慧として蓄積されるのである。 
  長寿者は、物事に対して独自の判断ができ、自分を信じている「自尊」の人である。「自尊」とは、自主性の尊重を意味する。もはや既存の宗教、思想、学問にとらわれることなく、自分の耳目にて得たものを自分の智慧にて判断できることが「個の完成」である。そして、この瞬間に初めて人は「生かされている自分の命を感じる」のである。
  若者はこうした長寿者に人間の生き方の多様性を見出し、自己形成の糧にするのである。こうした長寿社会こそが、世代を超えた人間の個の多様性を伝達する社会形態である。
  老いの意味は、 身体活動、精神活動の衰えを感じる時である。老いることのない歳のとり方が「自立自尊」の道である。この世に生まれ、「個の完成」を目指して、最後の一片の命さえも使い切った人間が到達する境地は、ひょっとして「どんな人の人生もただの人生」と納得して、「命を感じて生きることのできた人生」を感謝して死んでいくのかもしれない。

  続く

Copyright(c) Tsuyoshi Kawamura, M.D.