「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.31:「勇気の平等」を教えた心肺蘇生法

  人間には平等に与えられたものがある。それは「命と勇気」である。特に、中学生を対象とした講演会「命は誰のもの」では最も伝えたいメッセージである。この世の中で一番すばらしい人間とは、目の前で友達が倒れたら、友達の命を救うために、大声で助けを呼べる勇気をもっている人である。助けてほしいと声も出せない友達の代わりに大声で叫び、必死で助けようとする姿の中に友達の命の危機が周囲に伝わり、初めて救助の手が差し伸べられるのである。試験をすれば、一番から100番まで順位がつく。かけっこをすれば一番から順位がつく。人間の能力に差があるのは当然である。求められる人間とは、だれの心の中にも平等にある勇気を常に出せる人である。目の前で倒れた人の命を救うために大声で助けを呼べる人はすばらしい人である。これからの世の中は、こうした人達が支える社会であってほしいと次世代に期待を込めて講演をしている。
  兵庫県では、毎年、県職員新規採用者、県教育委員会新規採用教職員は全員、オリエンテーション研修で私が心肺蘇生法を教えている。この中で車椅子の女性職員の思い出が印象深く残っている。彼女は明朗、活発な女性で、車椅子を自由に操作していた。心肺蘇生法の講習にも当然参加していた。訓練人形を囲んだグループでは、車椅子を降りて、畳の上に座って講習を受けた。下半身麻痺があっても、肘をついて身体を起す工夫を加えれば、問題なくマニュアル通りの手技を行うことができた。
  講習会の最後には、全員が一体の訓練人形の回りに大円陣を組み、1人づつ前に出て心肺蘇生法をやってもらうことにしている。これは、目の前で倒れた人を助けに飛び出す勇気を試す絶好の場であり、毎年、どの職員が最初に出てくるかが楽しみでもあった。「さあ、職員が目の前で倒れた。最初に飛び出すのは誰か」と大声で叫んだ瞬間、なんと彼女が畳の上を這いながら必死に中央の人形に向かっているではないか。飛び出そうとしていた他の職員も思わず立ち止まり、彼女の行動を見守った。そして、全員の注目するなかで見事に心肺蘇生法をやり遂げ、「合格!」と叫んだ私の声に大きな拍手が沸き起こった。手を何度も上げガッツポーズをし、満顔の笑顔で元の位置に戻って行った。
  新任研修会終了後の感想文で、彼女は社会の一員としてお互いの命を守る責任を果たせた喜びと身体障害者としてでなく一人の人間としてまったく隔てなく普通に接した私の対応に対しても非常にうれしかったという内容が書かれていた。「命の危機の前では身体障害は理由にならない、人間として何が出来るか」を職員の前で見事に見せてくれた彼女の姿は、ともすれば身体障害者として特別視する周囲の人々に対してまさに社会の一員として対等な人間宣言であった。反省すべきは我々であった。
  人間の平等には、個人個人の命のごとく平等に与えられたものを権利として守られていることだけでなく、他人の命に対して勇気をもって守る義務が求められている。人間社会における誇りをもった対等な人間とは、社会から恩恵を求める権利のみを主張するのではなく、いざという時に勇気を持って他人の命を救う行為を示せることが「お互いの命を守る社会づくり」に参加している対等な人間、パートナー社会人の一員としての必要条件である。
  「あなたは愛する人を救えますか」を訴えて活動している私の心肺蘇生法普及運動は、「他人の命を守ることが、自分の命を守ることになる」という誰にでも理解できる最後の、また最良の啓発手段と考えたからである。これは「基本的人権は人間に平等に与えられた権利であるが、これを守る義務も課せられている」ことを学ぶまさに民主主義の啓発運動なのである。

  続く

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