2001年の秋から日本航空の国際線に自動体外式除細動器(AED)が搭載され、機内で心臓突然死が発生した場合、機内に同乗している医師により除細動を行える体制を整えた。さらに、医師が同乗していない場合には、使用訓練を受けた客室乗務員が緊急対応として除細動ボタンを押すことができることになっている。この背景には、30社以上の外国航空会社のAEDが搭載され、すでに機内での心臓突然死の救命例が報告されてり、AED搭載は機内での救急体制の基本になっている。日本航空も日本の医療事情ではなく、世界の救急の常識に従わざるを得なかったものと思われる。
心臓突然死の原因は、心室細動の発症により心臓の筋肉が痙攣して心臓からの血液の拍出がなくなる心停止によるもので、唯一の治療法はできるだけ早期に除細動を行うことである。心停止の状態が4分以上続けば脳細胞が致命的な障害をうけ、同時に心臓では除細動が可能な心室細動の状態から除細動の効果がない心電図変化が起こっている。
心臓突然死に対して、一般的には4分以内に心肺蘇生法を行い、8分以内に除細動が施行されれば43%の救命が可能とされている。専門的な立場から言えば、心室細動から救命には、4分以内に除細動を行うことができれば、心肺蘇生法を行わなくても救命は可能である、心肺蘇生法の実施により、脳循環を維持し脳細胞障害を最小限度に押さえ、同時に冠動脈循環を維持することにより除細動可能な心室細動を維持する時間的余裕を8分にまで延長が可能となる。
AEDによる早期除細動の有効性については、米国の32ヶ所のカジノにおける心臓突然死に対する警備員のAEDによる救命報告がある。1997年3月から32ヶ月間で142例の心臓突然死が発生し、この内、警備員の目の前で倒れた目撃者心臓突然死90例(平均年齢65歳、80%男性)は全例、原因が心室細動であり、AEDのパッチ電極装着まで2.9分、初回除細動まで4.4分であり、最終的に53例(59%)の人が病院を退院することができた。同時に救急車の出動を要請しているが、パラメディック(日本の救急救命士)が到着したのは9.8分かかっており、警備員がAEDを使用しなければ救命率は20%前後まで減少しており、AEDの有効性を証明する報告である。
アメリカ心臓協会(AHA)が2000年の心肺蘇生法の世界統一ガイドラインを発表したが、この中で一次救命処置(BLS)にAEDの積極的な導入を提唱しており、心肺蘇生法を習得した一般市民が3時間のAEDの取り扱い講習を受ければ使用できるとしている。国際線の機内搭載のみならず、スタジアム、劇場、空港、駅などの集客施設にAEDの設置を推奨している。シカゴのオヘア空港では41台のAEDを消火栓のように設置しており、空港内で心臓突然死が発生した場合には、1分半以内のAEDを現場に持って来ることが出来るAEDの配置体制が整っている。
2001年のソートレークオリンピックでは、マスコミ報道では主にテロ対策警備が取上げられていたが、会場内の各所に214台のAEDが配置されおり、世界各国から集まった選手、観客の命を守る救命救急体制が整えられていたことはあまり知られていない。
今年の5月に行われるワールドカップでは、日本の10ヶ所で行われるが、マスコミではヨーロッパでの開催で問題となるフリーガン対策が大きく取上げられており、各会場でも警備体制の強化についての報道がなされている。一会場には4,5万人の観客が詰め掛けており、観客の命を守る救急体制については世界レベルに比べても非常に遅れており、最近、ようやく数台のAEDの購入された程度で、日本人の「命の危機管理意識」の低さを世界に示すことになっている。
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