「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.34:健康スポーツ振興とスポーツ指導者の
命の危機意識


  1986年1月22日に松江で行われたバレーボールの試合日立対ダイエーにてフロー・ハイマン選手がベンチで倒れた時、試合は中断することなく進行し、担架が運びこまれ会場から連れ出す光景がテレビ中継で映し出された。彼女は1984年ロスアンゼルスオリンピックの米国の銀メダリストであり、そのニュースは米国でも大きく報道された。当時、米国のカルフォルニア大学サンディエゴ校医療センターに留学中であった私は、ニュースを見ていた友人から「なぜ、心肺蘇生法をしないのか」との日本人に対する批判を受け、「命の危機意識」の無さと日本の救急医療の遅れを痛感した。一旦、衛星放送で全世界にニュースが報道されれば、日本の救急の常識が世界に通用しない実例の一つである
  1987年に帰国後、兵庫県立姫路循環器病センター救命救急センター長として兵庫県を中心に心肺蘇生法の普及を通して「命の尊さ」、「命の危機意識」の啓発を行ってきた。四方を海に囲まれ蒙古襲来以来、外国からの侵略の危機を経験したことのない島国国家の日本では、「水と空気と安全はただ」の意識が強く、この国民の「命の危機意識」の無さが心肺蘇生法の普及の大きな妨げになっている。
  2000年度からは、「健康日本21」や「地域総合型スポーツクラブ」がスタートし、兵庫県では「健康ひょうご21」県民運動や「スポーツひょうご21」が全県的に展開している。この中で、「スポーツひょうご21」は兵庫県下の837ヵ所の小学校区に地域密着型のスポーツクラブを作り、子供から高齢者までの生涯スポーツを行う環境づくりを目指している。
  これは法人県民税108億円を投じ、一ヶ所に5年間1500万円を補助する本格的なものである。2002年3月現在、約180ヶ所に誕生している。また、これに呼応するようにスポーツNPO(特定非営利活動法人)が各地に誕生している。これらのスポーツクラブの運営には、スポーツNPOのように一部の選任マネージャー(有給)を置き、運営基盤のしっかりしたクラブもあるが、大部分はスポーツ指導者を含めボランティア精神での参加形態が一般的である。
  こうした健康スポーツの振興の背景には、今後ますます増加することが予想される生活習慣病予防のための健康スポーツの振興政策があり、クラブ参加者には冠動脈危険因子を持った人が運動不足の解消のために参加することも想定され、スポーツクラブの医学面での安全対策が必要となってくる。
  こうした状況においても、スポーツ管理責任者の意識はあくまでボランティア精神で、医者にもボランティア参加を求めてくる。また、参加する医者自身も「医者が居れば安全」といった程度の好意的な考えで、心臓突然死が発生した時にどう対処できるかを想定しているものではない。この場合、医師の責任はボランティア参加であるから免責されるだろうか。命の危機管理は、契約に基いた責任体制の明確化があってこそ成立するもので、契約医師には責任を果たせる能力が要求されるのは当然である。
  現在、私は兵庫県医師会健康スポーツ医学委員会の委員長をしているが、兵庫県医師会員640名の日本医師会認定健康スポーツ医の今後のあるべき姿として、契約にもとづくクラブドクター制度の確立を目指しているのはこの理由からである。
  2006年には兵庫のじぎく国体が開催される。兵庫県下147会場での選手、観客の「命の危機管理体制」の確立を目指している。健康スポーツ医は、万が一、心臓突然死が会場内で発生した時、日本では医師法上、医師しか使用できない自動体外式除細動器(AED)を携帯し、会場内の「命の危機管理」の責任を果たす体制づくりの準備を行っている。こうした兵庫県の先取的な試みが全国的な「命の危機管理体制」の広がりを持つことを期待している。

 続く

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