「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.40:自動体外式除細動器(AED)は生きる希望

  1986年1月22日のダイエー対日立のバレーボールの試合中にフロー・ハイマン選手が突然倒れ、試合が中断することなく、試合会場から担架で運び出されるTVニュースが米国で放送された時、ニュースを見ていた米国人から、「なせ、日本人は心肺蘇生法をしないのか」との批判を受けた。
  目の前で人が突然、倒れた時、すぐさま意識の確認を行い、意識がなければ、救急車を呼ぶ「命の危機管理教育」がなされてないことを感じ、1987年の帰国後、心肺蘇生法の普及を開始し、1990年からは心肺蘇生法県民運動に発展し、5年間で540万人の兵庫県民の内の約2割の108万人の講習実績を達成した。日本の心肺蘇生法普及は、ハイマン事故からスタートしたといても過言ではない。
  2002年11月21日のカナダ大使館で起こった高円宮殿下(47歳)のスカッシュ練習中の心臓突然死、11月23日には福知山マラソン中に58歳と59歳の男性、同日の名古屋シティマラソン中に58歳の男性が心臓突然死で死亡する事故が重なった。いずれの事例でもその場に居合わせた大使館員、マラソンでは沿道5Kmごとに配置されていた救命士、参加者の医師、看護師による心肺蘇生法がなされ、一見、救命リレー(Chain of Survival)の連携がスムーズに行っているかに思えたが、いずれの事例も自動体外式除細動器(AED)があれば救命された可能性がある。この事故から今後、日本におけるAEDの認識と普及が始まる予感がする。
  米国心臓協会が2000年8月に発表した心肺蘇生法国際ガイドライン2000では、一般市民は意識の確認を行い、意識がなければすぐさま救急車を呼び、救急車が到着するまで心臓マッサージだけを行う簡易的な心肺蘇生法に変更された。この背景には、欧米では口対口人工呼吸に対して感染症を恐れる一般市民に抵抗感が増えていることが反映している。
  幸いにも、小型軽量の携帯型の自動体外式除細動器(AED)の開発が進んだことから、AEDを用いた5分以内の早期除細動を行うことが可能になった。国際ガイドライン2000では、心臓突然死の救命のためには地域社会全体が救命に参加することを目指し、一般市民が緊急時にAEDを使用するパブリック・アクセス除細動(PAD)を勧告している。そのためには、空港、駅、スタジアム、デパートなどの人が多く集まる施設に消火器と同様に設置され、訓練を受けた一般市民が早期除細動を行うことができる救命救急体制が求められている。
  AEDは除細動が可能な電位波高の大きい(粗い)心室細動のみを波形認識し、自動的に電気エネルギーの充電をし、使用者はパッチ電極を患者の右前胸部と左側胸部に貼り付け、後は除細動ボタンを押すだけの極めて簡単な装置である。しかも、使用上の手順と注意は音声で指示をする。間違って除細動を行うことのない信頼できる装置である。
  心臓突然死の原因は心室細動で、心臓の筋肉が無秩序に興奮して心筋がケイレンし、心臓からの血液の拍出がなくなる心停止状態になる。すばやい電気ショック(除細動)を行うことが唯一の最も有効な救命手段である。心停止状態から除細動施行までの時間が1分経過するごとに約10%、生存率が低下すると言われている。
  一般市民が人工呼吸を行わずに心臓マッサージだけを行っても、8分以内に除細動を行えば循環の回復が可能である。この間、脳と心臓への血流は最小限に維持されており、除細動可能な粗い心室細動が維持できるからである。むしろ、慣れない2回の口対口人工呼吸に手間取り、その間、心臓マッサージを中断する方が冠動脈への血液の灌流を減少させ、そのために心室細動波形の波高が減少し、除細動には不利になる。
  2002年4月から待望の救急救命士による医師の指示なし除細動が許可され、これにより心停止後8分以内の早期除細動は可能となる。今後、一般市民は心停止患者に対してすぐざま救急車を呼び、救命士が到着するまで心臓マッサージのみを続けるが救命のカギを握ることになる。

 続く 

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