「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.45:イラク戦争の大義とは

  そもそも他国を攻撃する戦争に大義があるはずはない。国家主権のある国が隣国から侵略、攻撃を受けた時、自国を防衛する自衛権の行使のみに国家の大義があり、国民は国家のために戦わなければならない。
  2001年9・11同時テロ以来、米国はテロの使用される大量破壊兵器の国外流出の恐れ、その可能性の高い"ならずもの国家"と称した独裁国家イラクに対して軍事行動に正当性を唱え、戦争布告を行った。世界の国家安全管理体制の流れは、世界規模のテロ集団と主権国家の安全対策との構図に変化し、国際テロ組織アル・カイーダを支援する国家を"ならずもの国家"と明言したのである。
  "ならずもの国家"像にはいくつかの特徴が見出せる。第1は、独裁者による政治体制である。フセイン大統領の親族、血縁者を中心として特権階級が、大多数の国民を支配する構図である。第2は、長期の政権下における国民の思想教育がある。狭い世界の中で独裁者を個人崇拝する教育は、反政府組織の拡大を阻止する密告・監視の土壌ができる。さらにイラクのように国内の異民族紛、宗教派閥対立の紛争に対する世界の国家干渉を、イスラム教国とキリスト教国の宗教対立を前面に押し出しことにより国家存続を図っている。第3に、国民の生命・安全を守るべき政権がその存続のためには自国民の生命まで奪う弾圧政治を行っている。第4に、独裁国家の安定のために大量破壊兵器の存在を誇示しながら脅し外交を展開し、独裁政権の存続を図っている。第5に、国連安保理の度重なる大量破壊兵器の破棄勧告決議に対して米国の軍事圧力下にて国連査察をようやく小出しに受け入れる時間稼ぎをし、あくまでも疑惑を証明することを拒む姿勢である。
  世界の世論は、イラクのクエート侵略に対して国連多国籍軍による湾岸戦争、9・11同時テロの首謀者のアル・カイーダを掃討するためにその組織を支援したアフガニスタンのタリバン政権を打倒したアフガン戦争は容認し、大きな戦争反対の動きはなかった。この流れにフセイン政権の打倒を目指したイラク戦争があるが、今回は世界の世論を2分する戦争反対の抗議デモが世界各地で起こった点が大きな違いがある。
  平和を求める国連憲章には、戦争を容認する状況として第1に他国からの侵略による自衛権の行使、第2に国連安保理の決議によるとされている。日本の国会においても、今回の米国のイラク攻撃が、国連決議に基づいたものか、自国の先制攻撃の論理に基づいたものかの論議がなされており、日本の国連中心主義の立場から米国攻撃は前者に基づいたものと解釈して、米国支持を表明した。日本の国会の質疑を聞いていると、最終的には容認できても、もう少し国連査察を継続して平和裏にフセイン政権の打倒を図るべきと意見が根強かった。
  緊迫した北朝鮮問題を抱えている日本にとって日米同盟が現時点での最も有効な自国防衛手段であることは間違いない。「空気と水と安全はただ」と思っていた島国国家の日本にとって、早急に国家の安全保障について国民参加の真剣な議論を展開しなければならない。連日のテレビ放送にて、攻撃の模様が次々と放送され、イラク側と米国側との情報戦争が見られた。各国において大規模な戦争反対の反米デモが見られたのも特徴であった。
  日本においても、戦争反対のデモ参加者には政治団体のみならず、ごく一般の市民や高校生、大学生などの若者が参加しているのが目立っていた。こうした意識の高まりの中、日本においても国家の危機体制に対していかなる防衛体制を整えるかの国民的議論が展開される絶好のチャンスであったが、フセイン政権のあっけない崩壊後、急速にその論議が世論から消えていく気がする。連日のマスコミの報道は、中国の新型肺炎のニュースに取って代わられた。

 続く


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