「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.60:AED到着までの心臓マッサージが救命のポイント

  2004年7月1日から非医療従事者(一般市民)による自動体外式除細動器(AED)の使用が公的に認められ、日本においても心臓突然死に対する究極の救命体制といわれるパブリック・アクセス除細動(PAD)への道が開かれた。
  すでに2004年4月1日から包括的指示下における救急救命士によるAED施行が行われ、緊急通報から8分以内での早期除細動施行が可能となり、現場での心拍再開率の向上が見られているが、生存退院率(社会復帰率)は5%前後であり著明な向上にはつながっていない。
  日本の救急医療体制に大きな変革をもたらした心肺蘇生法国際ガイドライン2000の背景には、米国の大都市における救命率の著明な低下がある。ニューヨーク、シカゴでは1%前後まで低下し、日本よりも低い状況である。
  その原因の一つに、AIDSの蔓延などにより他人に対して口対口人工呼吸を敬遠する傾向が著明に現れている。1986年、1992年、今回の2000年の心肺蘇生法ガイドラインでは、口対口人工呼吸法による感染症の例はないと明確に記載されているが、米国のアンケートで感染症に対する心理的恐れから約70%の人が口対口人工呼吸は行わないと回答した結果を踏まえ、ガイドラインに配慮すべき状況となった。
  心肺蘇生法国際ガイドライン2000での対策として、感染防止器具としてフェイス・シールドあるいはポケットマスクを使用した人工呼吸法を推奨している。さらに感染防止器具が手元になく、直接的口対口人工呼吸に抵抗がある場合にはAEDが到着するまで心臓マッサージのみでも構わないとした。
  幸いに、下手な人工呼吸を行うより心臓マッサージのみを連続的に行った方が体内の血液内に残っている残余酸素量により心筋内血流が保たれ、AEDによる電気的除細動が可能な心室細動が持続できるとの実験的根拠もある。今後、心停止後すぐさま心臓マッサージを行い、AEDの到着を待つ新しい心肺蘇生法のやり方が一般化すると考えている。
  もう一つの対策は、パブリック・アクセス除細動(PAD)を一般化し、心停止後5分以内であれば心臓マッサージも行わず、ただAEDを行う体制づくりを推奨している。すでに米国のカジノの警備員は3分以内にAEDによる除細動を行い、74%の救命率の実績報告もある。
  2004年8月にパブリック・アクセス除細動の重要性とこれからの問題点を示唆する2つの大規模試験の結果が欧米の有名雑誌(New England Journal of Medicine)に掲載された。
  一つは、シアトルを中心とした北米23地域において19,000以上のボランティアが参加し、従来のCPRによる救命方式とPAD方式(CPR+AED)を比較した大規模研究である。CPRのみを行った群の病院退院率は27%であったが、PAD群では実に39%の病院退院率を示した。
  もう一つは、カナダのオタワを中心に17都市で行った大規模試験で、通報から8分以内の除細動を行った前期とさらに現場での2次救命処置として気管挿管、静脈路確保、救急薬の投与を行った後期との比較を行ったが、両群とも病院退院率の差はなく、しかも5%の低さであった。
 2つの大規模試験の大きな相違は、バイスタンダーCPR率の差が歴然で、前者は62.0%、64.8%であったのに反して、後者は15.8%、14.4%の低率であった。このことから、目撃された心臓突然死患者に対してすぐさまCPRを行うことが脳循環および冠循環を維持でき、早期除細動の有効性を高めたことが明白である。
  心臓突然死は心停止から1分除細動が遅れるごとに約10%救命率が減少する時間との勝負の世界である。前者のごとく、救命意識の高いボランティアの目の前で倒れた目撃された心臓突然死患者は、迅速な通報、迅速なCPR、迅速な除細動の“救命の輪”がつながることが最も有効な救命手段である。

続く

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