「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.66:
命の前では、障がいはない。

  2020年の東京オリンピック・パラリンピックの名称が示すように障がい者スポーツのあり方が健常者スポーツと同等の扱いをされるようになった。身体障がいがあってもスポーツを楽しみ、世界を相手に競技する技術を高める人間としての本能である。
  2026年6月11日に大阪ライフサポート協会の総会で「障がい者の心肺蘇生法につて」の講演を行った。今までの心肺蘇生法の講習会にて身体障がい者に対して「その人ができる心肺蘇生のやり方」を教えた経験がある。
  聾唖の人、全盲の人、両手のない高校生、頚椎損傷で上下肢が動かない車椅子の高校生、半身麻痺の車椅子の女性などに対して、「身体障がいがあるから、助けられなかったと言ってはいけない。何ができるかが大切である」、「命の前では、障がいはない」ことを話し, 心肺蘇生法は他人の命を助けようとする必死の行為であるを教えた。
  この話は、Vol30:「人間の自尊心」を教えた心肺蘇生法Vol31:「勇気の平等」を教えた心肺蘇生法 に紹介している。
  毎年、9月の救急週間に「AEDを用いた心肺蘇生法500人講習会」を健康スポーツ関連施設連絡協議会の主催で行っている。一般参加者を対象にしており、その中で脳性まひによる身体障がいの青年男子から学んだ「感謝の心」を紹介する。
  通常、参加者10人に訓練人形1体の体制で講習を行っているが、状況判断から彼一人に専任のインストラクターをつけ集中指導を行った。協会きっての熟練インストラクターがかなり苦労して教えていた。
  講習会の最後は、訓練人形1体を中心に円陣を組み、参加者の前で心肺蘇生法を行う勇気を試す場を作っている。「目の前で人が倒れた、助ける人は誰だ」と飛び出す勇気を求めて叫んでいる。
  私の掛け声に呼応して円陣の真ん中に飛び込んだ救助者の中に彼もいた。「大丈夫ですか」、「誰か来て」と大声で叫べたが、心肺蘇生法の手技はチグハグであった。しかし、必死に取り組んでいる姿に他の救助者が協力して、AEDのスイッチを押すことができた。「合格!」と言うと、参加者の大きな拍手の中、誇らしげに戻って行った。ただ彼を教えた専任インストラクターは時間をかけた甲斐がなかったと少し落胆した様子であった。
  講習会が終了し、彼が会場を出る時、参加者がいなくなった会場に向って「ありがとうございました」と大声で叫び、頭を下げた姿に、私は驚きと感動を覚えた。この「感謝の心」は、自分の身を守ってくれている社会に感謝し、社会の一員として心肺蘇生法で答えた喜びの声に聞こえた。
  人間の平等には、個人個人の命のごとく平等に与えられたものを権利として守られていることだけでなく、他人の命に対して勇気をもって守る義務が求められている。人間社会における誇りをもった対等な人間とは、社会から恩恵を求める権利のみを主張するのではなく、いざという時に勇気を持って他人の命を救う行為を示せることが「お互いの命を守る社会づくり」に参加している対等な人間、パートナー社会人の一員としての必要条件である。
 
続く

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